わかりやすい! 医療政策から読み解く技師の未来 [第22回]
南海トラフ地震対策編

今回のキーワード
懸念される南海トラフ地震
国の防災対策とBCP策定
災害時の検査体制と臨床検査技師の責務
日本は地震大国です。なかでも近年注目されているのが南海トラフ地震で、地域住民の生活だけでなく、医療という社会インフラにも深刻な影響を及ぼすことが懸念されています。今回はこうした南海トラフ地震が医療へ与える影響と政策的支援、そして臨床検査技師が果たすべき役割について考えてみたいと思います。
43カ所の災害拠点病院が浸水可能性地域に
南海トラフ地震は、静岡県から九州の東側にかけて広い海域で発生が想定されています。30年以内の発生確率は70~80%と極めて高いです。政府の対策検討ワーキンググループによると、マグニチュードは最大9.1、死者は最大30万人、経済被害は220兆円規模と推定されています。
医療機関への影響も深刻です。震源域に近い太平洋沿岸地域の病院では、建物倒壊、津波浸水、電力・水道の供給停止が同時多発的に発生することが見込まれています。津波浸水は最大34メートルに達し、太平洋沿岸では、海抜数メートルのエリアに病院が多数所在しているため、最大5メートルの津波が病院に直接到達する可能性があります。1都13県に323カ所ある災害拠点病院でも43病院が浸水可能性地域に立地しており、和歌山、徳島、高知、宮崎各県では約半分が浸水可能性地域にあります。一般病院も含めると、相当数の病院が浸水被害を受ける可能性が高いです。
厚生労働省の調べでは、南海トラフで震度6強以上が想定される病床は全国の約3分の1を占めるとされ、ライフラインの寸断も深刻です。「電力」「水道」「通信」が、同時に停止した場合、診療や検査機能は1日以内に停止する恐れがあります。災害拠点病院であっても、自家発電燃料の備蓄は3日分程度とされ、多くは4日以降に機能が著しく低下する可能性があります。また、道路網の損壊による、薬剤搬入、外注検査、血液製剤の搬送ルートが断たれ、日常的に依存している供給体制が機能不全に陥ることも想定されます。
さらに、過去の災害でも明らかなように、職員自身も被災します。出勤不能や帰宅困難による人員不足が懸念され、職員のための食料と住居の問題も課題です。医療機関が全壊・閉鎖した場合には、医療コンテナや病院船といった代替医療の手段活用が求められますが、政策側も現場側も議論は道半ばとなっています。在宅医療では透析患者、在宅酸素療法患者、インスリン依存の糖尿病患者など、継続的な検査と処方が不可欠な療養患者が多数います。電源停止や医療者の巡回不能により、生命維持が困難となるケースが容易に想像できます。
そして、検査機能への直接的影響としては、精密機器の破損、試薬・検体の損失、冷蔵・冷凍保管の不能が挙げられます。特に、血液ガスや血液型判定、PCRなど、災害時でも迅速性が求められる検査は、病院の診療機能維持にも直結します。災害拠点病院ですら検査機能が完全に停止する可能性も想定し、平時からの備えが極めて重要であることを示唆しています。
全病院の約25%にとどまるBCP策定
国は、こうした大規模災害に備え、災害医療体制の強化を進めています。代表的なものとして、DMAT(災害派遣医療チーム)やDHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)があり、都道府県を越えた広域支援体制が構築されてきました。これは市町村や都道府県全域が被災地となる可能性があることを踏まえた体制です。また、病院機能を維持するために、耐震補強や免震化、自家発電設備、井戸水や衛星通信装置などの整備に対し、国も補助金制度を拡充しています。災害拠点病院に指定された医療機関では、平時からの訓練参加やBCP(業務継続計画)策定も義務化され、診療はもちろん、検査機能の維持も含めた包括的な対策が求められています。
一方で、BCPの策定状況には課題もあります。2018年時点で病院全体の約25%しか策定されておらず、特に中小病院では顕著です。同様に、検査部門を明確に位置付けたBCPも少なく、機器や試薬の復旧手順、代替手段の整備など、実効性ある計画の策定が急がれます。
検査体制の復旧シミュレーションも
こうした状況を踏まえて、まずは病院全体としての備えが重要です。検査室を含めた建物の耐震・免震化、自家発電装置の容量強化、食料や寝具、トイレ、通信手段の確保、職員が滞在できる体制が求められます。また、災害訓練では、検査体制の復旧シミュレーションも含めた取り組みが必要です。
検査室単位での対応では、冷蔵・冷凍システムのバックアップ、可搬型検査機器の導入、モバイル検査ユニットの確保、検査の優先順位を決めておくことなどが挙げられます。医療コンテナを活用した検査体制も一考です。また、臨床検査技師個人としては、防災士資格の取得、災害医療支援チーム(JMAT、赤十字救護班など)への登録などを通じて、災害時に即応できる知識とスキルが重要です。まずは自分が生き残る。怪我無く、助けられる状態になれるように準備をし、自施設では可能な限りBCPに関わること、自身の役割を明確にしておくことが、混乱時の迅速な対応につながります。
業界全体としても、地域ごとの臨床検査ネットワークの整備や、自治体・検査センターとの災害協定の締結、検査データ共有の仕組み化など、広域連携を意識した体制の強化が必要です。さらに、遠隔読影や遠隔検査といったDXの活用は、平時から取り組んでおかなければ有時に機能しません。
そして、職能団体が取り組むべき重要なテーマの一つとして「災害医療に強い臨床検査技師の育成」です。これは、医療業界における検査技師の存在意義を高め、今後の政策決定にも大きく寄与する可能性を秘めています。災害時、医療機関が混乱する中でも、正確な診断と判断材料、つまり検査データが不可欠です。臨床検査技師は「災害時の中核プレーヤー」として、いかに検査体制を維持・再構築できるかが問われます。検査が止まれば、医療は止まります。だからこそ、政策と現場をつなぐ視点を持ち、平時から災害マインドを持って備えておくことが、臨床検査技師の未来を築き、私たちの社会を守る鍵となります。臨床検査技師は社会の守り手として重要な責務を担っています。
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