キャリア・学び

きらり臨床検査技師 [第22回]見手倉 久治さん(川崎医科大学附属病院中央検査部検査情報室)
寄生虫に魅せられて――「知識が自分を助け、人をつなぐ」

2025.10.27 06:00 会員限定記事を示すアイコン



学生の時に寄生虫の不思議さ、魅力に取り付かれた川崎医科大学附属病院中央検査部検査情報室の見手倉久治さんは、今や寄生虫に関しては一目置かれる存在だ。院内はもちろん院外からも分からないことがあると何かと相談を受けるほか、川崎医療福祉大学など複数の大学で臨床検査科の寄生虫に関する講座を受け持っている。



ターニングポイントとなったのは29歳の時に一級臨床病理技術士の寄生虫学分野に合格したこと。それが大きな自信になり、若いときから寄生虫学をキャリアの柱に置きながら、いろいろな臨床検査分野を学んだことが「今につながっている」という。寄生虫学に詳しい医療スタッフが少ないこともあって、早くから診療のいろんな分野から頼りにされるようになり、自然と検査室だけでなく医療スタッフとのつながりを深めることとなった。「ラッキーだった」と本人は謙遜するが、地道に勉強を続けてきた結果だろう。それは、「タダで本が読めるから」という理由で大学病院に就職した姿勢からもうかがえる。スペシャリストでありながら、ゼネラリストとしてもキャリアを磨いてきた見手倉さんの臨床検査技師としての来し方行く末を聞いた。

 

―臨床検査技師を志された理由やきっかけはなんでしょうか。

幼少期から病気がちで幼稚園、小学校低学年まで入退院を繰り返していました。腎臓が悪かったし、小児結核、気管支喘息、アレルギーといろんな病気にかかりました。その時の恩返しが少しでもできればと思ったのが医療職を目指すきっかけです。

ただ学力的に医師や薬剤師は難しいし、当時は男性が入学できる看護学校も少なかったので、診療放射線技師か臨床検査技師の2択で迷いました。いつの間にか臨床検査技師になっていたという感じなのですが、川崎医療短期大学臨床検査科の学生の時、夏休みにある施設に研修に行ったところ、偶然、その病院に子どもの頃お世話になった医師がおられました。たぶん覚えておられないだろうと思ったのですが、会わせてもらったところ、「見手倉くん、ああ覚えているよ。君のことでどれくらい学会発表したか分からないよ」と言って再会を喜んでくれました。

診療放射線技師になっていたら寄生虫にも出合わなかったし、そういうこともあって、自分では臨床検査技師に導かれたのかなと思っています。

―これまでどのようなキャリアをたどって来られたのでしょうか。

短大時代、寄生虫学や病理学の先生の講義がおもしろくて、先生のいらなくなった専門雑誌をもらって読んでいました。教科書で勉強できなかったことも学べて、もうその頃に感染症、特に寄生虫を柱に仕事をしていきたいなと思っていました。

短大卒業後は、川崎医科大学附属病院に入職しました。本を読むのにお金がかからないから、図書館のある病院に行きたいと先生に相談したところ、それなら大学病院だろうということで、迷うことはなかったですね。

入職後は、RI検査室で腫瘍マーカーやホルモンの測定を用手法で行いました。その後、微生物検査室、免疫輸血、免疫化学、病理と数年単位でローテーションして、大学病院には20年ほどいました。

その後、同じ川崎学園の岡山市の川崎医科大学附属川崎病院(現・川崎医科大学総合医療センター)に行きました。ちょうど電子カルテや検査システムが導入される頃で、それに関連した仕事にも従事しました。

新型コロナウイルス感染症が流行していた2021年4月に古巣の大学病院に戻ってきました。若いときに多くの部署を回ったことで、医師を含めた医療スタッフなど、多くの人に出会えたことが良かったと思います。

大学の実習で教官・学生と(Tシャツは目黒寄生虫館オリジナル)
大学の実習で教官・学生と(Tシャツは目黒寄生虫館オリジナル)

 

29歳で一級合格、“寄生虫のプロ”として第一歩

―臨床検査技師として転機となったことはありますか。

一級臨床病理技術士の寄生虫学部門に合格したことですね。寄生虫学を目指すなら、仕事としてちゃんと実力があることを証拠で示したくて、29歳の時に合格しました。20歳代での合格って当時は最年少でしたが、今でも少ないか、いないんじゃないですか。

合格したこともそうですが、講評で先生からお褒めの言葉をいただいたことが本当にうれしかったです。もうお亡くなりになりましたが、当時、寄生虫学分野の大御所だった東京慈恵会医科大学熱帯医学教室の大友弘士先生から直接認めていただけたことに感激しました。

「今後とも研鑽を重ね、後進の励みとなるよう発展されることを期待したい」などの言葉が書かれていました。これはとても励みになりました。


―あまり日本では見られないケースで、先生の知見が正確な診断につながったケースはありますか。

患者の糞便から見つかった日本海裂頭条虫に感激
患者の糞便から見つかった日本海裂頭条虫に感激

大学病院に皮膚潰瘍のある患者さんが来られたことがありました。南米から出稼ぎで来日されている方で、いろいろ検査をしても原因が分からない。南米だと寄生虫の可能性もあるかもと私のところに問い合わせがあったので、潰瘍部分の境界部分の皮膚標本を採ってもらいました。

バクテリアは不潔な部分にいますが、寄生虫は清潔な部分にいます。ネクローシス(壊死)を起こした組織には存在しません。標本を染色してみると、初めて実際の虫体を見たのですが、リーシュマニア症だと考えられました。

これはサシチョウバエにより媒介される寄生虫疾患で、日本で感染する機会はほぼありません。その患者さんはその後南米に帰国されて治療されたようで、現地の病院から連絡があり、担当した医師が診断した証拠の写真を送ったところ、お礼状が来たそうです。日本でリーシュマニア症を診断できるとは思ってなかったようですね。その時は勉強していて良かったなと、ほっと一安心して自分を褒めました。


―現在の検査室での役割、また今後取り組みたい分野があれば教えてください。

検査情報室で、主に医師からの検査の追加依頼、看護師からの採血管や採血量などに関する質問に対応しています。研究などに必要とする検査後の残検体の譲渡対応なども行っています。実は数年前に目の病気になって、半年ほど休んだ後、大学病院に戻ってきたんです。電話対応が主で、目を酷使することもないし、古株で知り合いも多いから、うってつけだと思われたのではないでしょうか。

もちろん寄生虫に関する問い合わせが来ることもありますし、今後は寄生虫の英語のテキストも読んで、もっと知識を増やしたいと思っています。


―趣味や、ほっとしたいときにしていることはなんですか。

ありきたりですが、読書、映画鑑賞、スポーツ観戦(野球、ラグビーなど)です。音楽では、小学校の頃から松山千春のファンで、今も聴いています。コンサートにも行きます。野球は千葉ロッテマリーンズのファンなんですが、性分なのか、好きなものは子どもの頃から変わらないですね。趣味でバランスを取っているというか、癒やされています。

松山千春の40周年コンサートにも駆けつけた
松山千春の40周年コンサートにも駆けつけた


―グローバル化やインバウンドの増加で、日本の寄生虫にも変化が見られますか。

輸入感染症として国内に感染症が入ってくるルートとしては、人の動きだけではなく、動植物(ペット、観葉植物など)の輸入、飛行機や船そのものに媒介昆虫が入ってくる場合などがあります。

最近の旅行者の増加は、確かに感染症の流入の可能性が上がる要因にはなると思います。また、スポーツなどの国際大会の国内開催なども大きな要因となります。

今や寄生虫症のみならず、日本人以外の検体を扱うことがまれではなくなってきています。国内での寄生虫症罹患は限られた人数(まれな疾患)であったものが、そうではなくなってくるかもしれないと思っています。

日本では寄生虫はほぼ撲滅されたと一般に思われているかもしれませんが、先進国は寄生虫が少ないという事実はほぼ覆されつつあります。

例えば猫が原因となるトキソプラズマ症は、野良猫がいっぱいいた昔は自然と抗体ができていたのですが、今の若い世代には抗体はほとんどありません。ペットブームで猫の輸入も増えていますが、一方で最近は野良猫も増えつつあります。妊婦が経口感染すると、胎児に先天性感染を引き起こす可能性があります。以前からその危険性は変化していませんが、感染して発症する胎児がここ十数年増えています。原因となるトキソプラズマ原虫の体内での動きなどが解明されてきています。しかし、寄生虫にはまだまだ分からないことがたくさんあります。

日本はインフラが整備されていて清潔な環境で寄生虫が少なかったのですが、下水道の老朽化など、そのインフラが脅かされています。そういうことも、国内での寄生虫症まん延を阻止するために今後考慮する必要がありますね。

苦でない領域を見つけて勉強しよう

―次世代の臨床検査技師へメッセージをお願いします。

私は「目標を持って生活する」ことを続けてきました。目標を持つと自分の立ち位置の再確認ができ、ブレの修正、方向転換などが明確になりますので、基本的なことですが、ぜひお勧めします。

検査技師生活を振り返ると、これまでの臨床検査技師は、取りあえず早く検査結果を出すこと。その後は精度管理、トレーサビリティー、品質保証、ISO 15189―などが重要視されてきました。この三十数年で臨床検査技師への要求度は検査結果に対するものを中心に考えても、大きく変化してきました。

それでも変わらないのは、誰にも奪われない知識を得ることの重要性です。できれば、他の人より少しでも勉強するのが苦でない領域を見つけて勉強する。「患者さんのために」というのも大切ですが、振り返って実感しているのは「学は身を助ける」ということです。

私の場合は、落ち込んでいるときも寄生虫のことは忘れなかった。寄生虫のことで、私を頼ってくれる人がいること自体が私の助けになっています。

自分の可能性を広げるためにも貪欲に勉強してみてください。

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