キャリア・学び

きらり臨床検査技師 [第32回] 鈴木 彩菜さん(隈病院病理診断科)
甲状腺細胞診を専門病院の外へ開き、次世代へつなぐ

2026.08.19 06:00 会員限定記事を示すアイコン



中学生の頃、顕微鏡で見たゾウリムシとの小さな出会いが、鈴木彩菜さんを細胞検査士の道へ導いた。甲状腺疾患の専門病院である隈病院に所属する鈴木さんは現在、甲状腺細胞診を専門に、日常業務に加え、研究や教育、AIを用いた細胞診支援システムの開発などに取り組んでいる。

入職と同時期に導入された液状化検体細胞診(LBC)は、鈴木さんが甲状腺領域の臨床研究を深めていく出発点となった。日々の業務の中で生まれた疑問を研究へつなげ、その成果を教育や学びの場を通じて専門病院の外へ開いていく。「甲状腺細胞診をもっと盛り上げたい」——その言葉には、専門病院で積み重ねてきた経験を、症例数の少ない施設や次世代にも届けたいという思いが込められている。


 

甲状腺専門病院で磨かれた、診療全体をみる力

―臨床検査技師、特に細胞検査士を志したきっかけと、現在の業務内容を教えてください。

中学生のとき、後に進学する高校の体験授業で、ゾウリムシを観察する機会がありました。それまで顕微鏡には全く興味がなかったのですが、そのとき、なぜかすごくときめいてしまって。高校の入学祝いに顕微鏡を買ってもらい、家でも顕微鏡をのぞいていました。顕微鏡が好きで、医療にも携わりたい。その両方に関われる仕事が、私にとっては細胞検査士でした。

現在は、甲状腺の病理・細胞診全般を担当しています。当院は規模の大きくない専門病院ですが、他職種との距離が近く、甲状腺の症例を多く経験できることが大きな特徴です。切り出しのときには、術前の超音波検査を担当した検査技師と一緒に肉眼像と超音波像を見比べながら議論しますし、朝のカンファレンスでは臨床医が治療方針を検討している様子を聞く機会もあります。

 

LBCとの出会いが、甲状腺臨床研究の出発点に

―入職時に、隈病院で甲状腺領域の液状化検体細胞診(LBC)が導入されたと伺いました。当時の状況や、研究につながっていった経緯を教えてください。

当時、日本で甲状腺領域にLBCを導入していた施設はほとんどありませんでした。当院の廣川満良医師が日本臨床細胞学会でLBCについて講演することになり、院内でもLBC標本作製を日常業務に取り入れていくというタイミングで私が入職しました。

学生時代も研究には取り組んでいましたが、甲状腺領域の臨床研究として本格的に取り組む出発点になったのがLBCでした。当院は甲状腺疾患の専門病院であり、研究に取り組むうえで症例が集まりやすい環境にあります。その環境を生かして、直接塗抹標本とLBC標本で、組織型別に細胞像がどう変わるのかを論文にまとめ、2017年にはサクラ病理技術賞新人賞を受賞しました。自分がこつこつ取り組んできたことが評価されたという意味で、励みになりました。

甲状腺細胞診の直接塗抹標本とLBCの比較
甲状腺細胞診の直接塗抹標本とLBCの比較(取材先提供)


―研究テーマは、どのように見つけているのでしょうか。

私自身は、日々のルーチンワークの中から研究の種を見つけています。朝のカンファレンスで耳にしたことや、自分が遭遇した症例で疑問に思ったことを、自分で確かめ、検証していくという姿勢ですね。

その一例が、バセドウ病の超音波検査でみられる微細高エコーです。組織標本で解析したところ、この所見がみられる症例では、シュウ酸カルシウム結晶が沈着していることがわかりました。微細高エコーは乳頭癌でみられる所見としても知られているため、当初は「どこかに乳頭癌があるのではないか」と考えていましたが、解析の結果、癌ではなく結晶沈着に由来する所見であることがわかりました。

微細高エコーが見られるバセドウ病
微細高エコーが見られるバセドウ病(取材先提供)

研究の楽しさは、まだ誰も見つけていないものを自分が見つける喜びにあります。加えて、論理的に考える力や文章力が身につき、研究対象となる疾患について学び直す機会にもなります。せっかく臨床検査技師として働いているなら、自分の足跡を残す意味でも、少しでも興味があればやってみたらいいのではないかと、後輩の技師にも伝えています。

 

甲状腺細胞診を専門病院の外へ開き、次世代へつなぐ

―甲状腺細胞診を盛り上げたいという思いは、どのような問題意識から生まれたのでしょうか。

甲状腺細胞診は、他の臓器と違って、組織生検をせずにそのまま手術に直結する術前検査として信頼性の高い方法です。国際学会に行くと、毎日甲状腺のセッションがあるくらいメジャーな領域ですが、日本では甲状腺疾患を多く扱う専門病院に症例が集まりやすく、大学病院などでは研究につながりにくい側面もあります。だからこそ、専門病院に蓄積された知見を外へ広げ、さまざまな環境・立場の人と連携していくことが大切だと感じています。

第22回国際細胞学会(フィレンツェ)=シンポジウムのメンバーと、隈病院の廣川満良医師、鈴木さん
第22回国際細胞学会(フィレンツェ)=シンポジウムのメンバー。左から2人目が廣川医師、3人目が鈴木さん


―学会や技師会での講演に加え、非常勤講師として大学でも教える機会があると伺いました。甲状腺細胞診について伝える際、どのようなことを意識していますか。

第38回日本内分泌外科学会のシンポジウムにて
第38回日本内分泌外科学会(大阪)

どう伝えれば興味を持ってもらえるかを常に考えています。すべてを覚えてもらう必要はありません。大事なところをいくつか持ち帰ってもらい、「甲状腺細胞診って楽しいな」とポジティブな印象を持ってもらいたいと思っています。

甲状腺腫瘍の組織型は種類が多いのですが、すべてを完璧に区別する必要はありません。大切なのは、臨床で治療方針が変わるところを見極めることだと考えています。例えば、治療方針が同じであれば、組織型として違っていても厳密に区別しなくてよい場合があります。一方で、ここは区別しようというところもある。甲状腺専門の細胞検査士として、そうした臨床を見据えた細胞診の考え方を伝えていきたいです。症例を見る機会が少ない施設で働く細胞検査士や、これから甲状腺細胞診を学ぶ世代にも、その考え方を届けていければと思っています。

 

検査から治療選択へ、広がる病理・細胞診の役割

―甲状腺診療が変化する中で、病理・細胞診の役割はどのように広がっていると感じていますか。

甲状腺診療は、遺伝子検査が入ってきて大きく変わりました。甲状腺腫瘍では、分子標的治療薬のターゲットとなる遺伝子変異も明らかになってきています。病理組織標本を使って遺伝子変異を調べる流れが広がり、病理・細胞診の役割が、検査だけでなく治療選択にも広がってきたと感じています。

また、当院では、AIを用いた甲状腺細胞診支援システムを株式会社コスミックコーポレーションと共同開発しています。甲状腺細胞診の教師データを用いてAIを学習させ、標本画像から推定病変名を提示する仕組みです。最終的に判断し、細胞診レポートを書くのは人間ですが、症例が少なく、相談できる相手も限られる環境で働いている細胞検査士にとっては、AIが役立つ場面もあると思います。

 

検査技師としての姿勢は、変わっていく

―最後に、専門性を深めるために大切にしている姿勢と、若手へのメッセージをお願いします。

六甲山の氷瀑トレッキング
氷瀑トレッキング(六甲山)=マラソンやトレッキングで休日も楽しむ

甲状腺細胞診の専門性を深めるうえで大切にしているのは、甲状腺に関わるさまざまな情報に関心を持つことです。患者さんの臨床情報や、超音波検査、遺伝子検査など、甲状腺細胞診につながるヒントはさまざまなところにあります。そうした知識を自分の中に取り込み、整理していくと、あるとき別々の知識が結びつく瞬間があります。そのつながりが見えたときに、自分が甲状腺細胞診に携わっている意味を実感します。細胞像だけにとらわれるのではなく、画像や臨床情報も含め、複数の視点から標本を見る。そうした知識や情報は、自分の専門性を磨くうえで大きな強みになると思います。

私は働き始めてからずっと同じ部署にいますが、専門性を高めていく中で、徐々に他の検査分野の面白さにも気づくようになりました。働いて15年ほど経った今、臨床検査技師という広いフィールドに身を置いてきてよかったと強く感じています。その時々で、検査技師としての見方や姿勢は変わっていくと思います。最初から一つの答えを持っていなくてもいい。興味を持つ領域が広がったり、仕事の見え方が変わったりすることも含めて、臨床検査技師という仕事を楽しんでほしいです。

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