キャリア・学び

松子の「レンズの向こう、白衣のとなり」 #06
若い男性の「大丈夫」は、だいたい“大丈夫じゃない”

2026.03.06 06:00

検査技師「採血で気分が悪くなったことはないですか?」
男性患者「大丈夫です!」

その返答を信じて採血を始めた途端、顔面蒼白。力が抜けて椅子から崩れ落ちるように倒れる——。採血を担当している検査技師なら、こんな光景を一度は経験したことがありませんか?

なかでも意外と倒れるのが、若い男性。

しかも、彼らはたいていの場合、「大丈夫です」と返してきます。この「大丈夫」という言葉は、強がりや自己暗示であることも多く、注意が必要です。最終回となる今回は、これまでと少し趣向を変えて、採血時に起こるそんな若い男性の転倒に備えるためのお話です。

 

若い男性は意外と倒れやすい?——血管迷走神経反応と心理的要因

採血中に倒れてしまう背景には、血管迷走神経反応(vasovagal reaction : VVR)〔または、血管迷走神経反射(vasovagal reflex : VVR)〕があります。これは、過度な緊張や痛み、ストレスなどをきっかけに自律神経が過剰に反応し、血圧や脈拍が急に低下して、ふらつきや一過性の意識消失を起こす現象です。

過去の調査によると、VVR発生率は約0.5%、30代未満の若年者に多いとされていますが、性差は明確ではありません。鉄欠乏性貧血や起立性失神のイメージもあり、「失神は女性に多い」という印象を持たれがちですが、必ずしもそうではないのです。

むしろ若い男性の場合、「弱いところを見せたくない」という心理が働きやすく、緊張を隠して「大丈夫」と言ってしまうことがあります。不安を押し込めたまま言い切るその一言が、かえってストレスを強め、VVR発症のリスクにつながるのかもしれません。

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「大丈夫です!」は黄色信号——現場で見逃してはいけない“前兆”

採血前の短い会話や観察でも、倒れやすい若い男性の“前兆”を見抜くことはできます。こんなサインに心当たりはありませんか?

  • 座った瞬間からソワソワしている
  • 必要以上に口数が多い、または無言
  • 手のひらに汗をかいている
  • 質問に対して「いや、大丈夫です、全然平気っす」と食い気味で返す

これらのサインは緊張の裏返しであることが多く、倒れる前兆として見逃してはいけません。さらに、採血される経験が乏しい、「過去に倒れたことがある」といった申告があった場合も要注意。本人がたとえ「大丈夫」と言っていても、ベッド上での採血を勧めましょう。

 

ベテラン技師が実践する予防の裏ワザ

倒れてからでは遅い。だからこそ、事前の工夫が大切です。例えば、次のような工夫があります。

  • 「念のため、今日はベッドで採りましょうか」と自然に誘導
  • 採血中に深呼吸を促す(例:「鼻から吸って、口から吐いて」)
  • 話題を変えて気を紛らわせる(例:「犬派ですか? 猫派ですか?」など)
  • 終了後すぐに立たせない(採血後、1~2分はベッドで様子をみる)
  • 採血時の椅子は背もたれつきにしておく

また、急に意識が遠のいた場合に備え、スタッフ間で倒れたときの動線や役割分担を共有しておくことも大切です。

 

日常的な採血の場面こそ、観察力と気配りが問われる瞬間

若い男性の「大丈夫」は、彼らなりの“勇気の証”。しかし、その一方でVVRの発症リスクを含むサインでもあります。その裏にある緊張や不安を先回りして汲み取ることで、転倒・転落事故やヒヤリ・ハットを防ぐことができます。

今日もどこかの採血室で「大丈夫です!」と答えながら、額に汗をにじませている若者がいるかもしれません。「大丈夫」の裏にある不安に気づけるか——その一瞬の判断とさりげない配慮が、安全な採血につながります。

さて、次に「大丈夫です!」と言い切る患者さんに出会ったとき、あなたならどうしますか?

 

 

参考文献

・厚生労働省:令和6年度血液事業報告(アクセス日:2026年2月10日)
・市村直也,他:病院採血室における採血に伴う気分不良の発生状況.医学検査,74:226–231,2025

松沢 京子