キャリア・学び

わかりやすい! 医療政策から読み解く技師の未来 [第26回]
遺伝学的検査編

2026.02.11 06:00 会員限定記事を示すアイコン



 今回のキーワード 
遺伝学的検査の制度整備と人材育成
DTC遺伝子検査
臨床検査技師の職能


 

「唾液を送るだけでがんや生活習慣病のリスクが分かる」といった広告がネット上で散見されます。手軽さを強調する一方で、その科学的根拠や結果の解釈には疑問が残り、「本当に信じてよいのか」「病気の不安をあおられるのではないか」といった懸念も少なくありません。遺伝学的検査は本来、医療の高度化や患者さんの予防的介入を支える強力な手段です。しかし、制度的枠組みや質保証が不十分なまま拡大すると、患者さんの権利侵害や医療不信を招きかねません。今回はそうした意味も込めて、世界と日本の制度的状況を整理し、現場の検査技師にとっての遺伝学的検査の意味を考えてみたいと思います。

 

遺伝学的検査を巡る制度と臨床応用

米国にはCLIA法(米国臨床検査施設改善法)があり、全ての臨床検査室が連邦規制に基づいて運営され、精度管理や熟練度試験が義務付けられています。欧州でもIVD規則(体外診断用医療機器規則)が施行され、遺伝子検査が厳格に管理されつつあります。これにより、遺伝学的検査の品質や解釈の正当性は一定の法的枠組みの中で保証されています。また、専門職の関与を法制度で担保しているのが通例です。

一方、日本では衛生検査所や病院検査室への機器や人員に関する基準はあるものの、遺伝学的検査に特化した法的規定は不十分です。精度保証は各施設の自主努力に委ねられ、国際的に見ても制度的空白が目立っています。遺伝学的検査をビジネスチャンスと見る新興企業の参入もあることを念頭に、何かしらの方策が求められます。また、臨床での保険適用の範囲も限定的で、がんゲノム医療や希少疾患診断の一部にとどまっています。多くの検査は自由診療として高額で提供されており、経済格差による医療アクセスの差が懸念されます。

さらに、検査結果を適切に説明し、心理的支援を行う遺伝カウンセラーの存在は不可欠ですが、日本では人数が限られ、地域偏在も大きいのが現状です。そのため、結果の受け止めに迷う患者さんが孤立するリスクもあります。制度整備と人材育成は、喫緊の課題といえます。

 

DTC遺伝子検査ビジネスから見る懸念

こうした流れに加えて、医療機関を介さず消費者に直接販売されるDTC(Direct to Consumer)遺伝子検査は、日本で急速に拡大してきました。高田史男氏らが行った2017年厚生労働科学研究におけるウェブ調査では、DTC実施事業者697機関が抽出され、衛生検査所として日本衛生検査所協会加盟の74機関、非加盟の288機関、そのほかにも非衛生検査所が335機関あったと報告されています。肥満や糖尿病リスクの診断と称するサービスから、親子鑑定や将来の疾患予測まで、その種類は多岐にわたります。

ビジネスの成長は個人の「知りたい」というニーズに応えるものであり、消費者の主体的な健康管理を促す側面もあります。しかし、医師や歯科医師、認定遺伝カウンセラーを確保し対応している機関はごく一部のようです。加えて、1日または数日の受講で得られる遺伝子検査ビジネスに関係する民間資格も多数存在し、この分野の専門性の検討も必要と考えられます。科学的根拠が不十分な形で結果が解釈されれば、消費者の過度な不安や誤った生活習慣につながる可能性が高いです。

欧米では規制強化により撤退が進んでいる分野が、日本では「野放し」に近い状況であったことから、最近になって、結果の解釈で医師などがコンサルテーションする必要性が政府より言及されています。そのため、直近では事業者数は減っているのかもしれませんが、医療の発展に資する「善」と、市民を惑わす「悪」が背中合わせで存在すること。これこそがDTC遺伝子検査の持つ怖さであり、遺伝や遺伝子に関連する検査の印象をつくり上げる要因の一つとなっています。政策的な対応が求められるゆえんです。

 

臨床検査技師の関わり方

臨床検査技師がこの分野にどう関わるべきかは、大きな問いだと思います。第一に、検査の精度保証者としての役割があり、臨床検査技師は従来検査の前処理、機器操作、精度管理において専門性を発揮してきました。そのスキルは遺伝学的検査もしかりで、結果の信頼性を担保する基盤となります。第二に、結果解釈やカウンセリング支援への関与です。従来の検査業務は「結果を出す」まででしたが、遺伝学的検査は患者さんの人生や家族関係に直結するため、結果説明や意思決定支援にも携わる必要があります。遺伝カウンセラーの話は、実は検査技師の本質的役割の拡充に向けたヒントのように感じます。第三に、職場の拡大です。保険診療に限らず、自由診療クリニックやゲノム解析企業においても検査技師の専門性が求められていくことを含んでいます。臨床検査技師が「病院の中だけの存在」から「ゲノム情報を扱う幅広い専門職」へと飛躍する可能性は、臨床検査技師全体の活躍においても、大いに参考になるのではないでしょうか。

 

キープレーヤーとしての検査技師

遺伝学的検査は、単に病気を「診断する道具」ではなく、未来をどう描くかという医療の方向性に直結します。すなわち、治療的介入として活用するのか、あるいは予防的介入として健康寿命の延伸に資するのか。その選択は社会全体に影響を及ぼします。検査技師は、この未来を支えるキープレーヤーです。臨床検査技師が科学的根拠に基づく検査の質を保証し、患者さんの理解と納得を支援し、さらに制度設計に関与することで、遺伝学的検査は国民の利益にかなう形で発展していきます。そして、国民の遺伝や遺伝子に関するリテラシー向上へも医療現場を知っているからこそ、正確で誠実な発信を行うことが可能です。不確かなビジネスに翻弄されるのではなく、医療の正統な道具として遺伝学的検査を育て上げる。そのかじ取りに臨床検査技師がどう関わるのか。そこに、未来の医療と専門職の姿が重なっているように思います。



参考文献

高田史男(北里大学教授)  平成28年厚生労働科学特別研究事業 「遺伝学的検査の市場化に伴う国民の健康・安全確保への課題抽出と法規制へ向けた遺伝医療政策学的研究」



 
※MTJ本紙 2025年10月1日号に掲載したものです

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