キャリア・学び

きらり臨床検査技師 [第25回]菅原 新吾さん(東北大学病院臨床検査部門 臨床検査技師長/主任臨床検査部門長)
血液の形態標準化に挑む 専門性が導いたキャリアの広がり

2026.01.16 06:00 会員限定記事を示すアイコン



顕微鏡に心を奪われた少年は、臨床検査技師として検査現場の最前線に立ち続けてきた。自動化が進む中で「人が介入する意味」を問い、血液領域の専門家として破砕赤血球の形態標準化に挑戦。市中病院から大学病院へとフィールドを広げ、現在は技師長として組織を率いる菅原新吾さん。そのキャリアの軌跡には、「検体の向こう側」にいる患者を見失わない一貫した姿勢が貫かれている。


 

単眼顕微鏡が開いた「仕事としての理科」

―さまざまな医療職がある中で、なぜ臨床検査技師を選ばれたのでしょうか。

小さい頃から理科と顕微鏡が大好きだったんです。子どもの頃、当時住んでいた栗駒町(現・宮城県栗原市)でスタンプを集めるといろいろな景品と交換できる催しがあって、その催しで父が「面白そうだからやってみな」と顕微鏡を持ち帰ってきたんですよ。それが単眼顕微鏡で、身の回りのものを覗いているのが本当に楽しかった。理科の授業もずっと好きでしたね。

臨床検査技師という職業を知ったのは、保健師をしている姉から「こういう仕事もあるよ」と教えてもらったのが最初です。就職氷河期の入りの時期で就職率の高さも魅力的に映り、仕事内容を調べるうちに、培地に検体を塗って原因菌を探すなど“理科の実験が仕事になる”点に強く惹かれました。

 

自動化された現場で気づいた「人が介入する余地」と「検体の向こう側」

―初めて医療現場に入ったとき、どのような印象を持たれましたか?

専門学校卒業後は、宮城県県北の中核病院である古川市立病院(現・大崎市民病院)に入職しました。そこではっきり覚えているのは、自分が思い描いていた“科学者”のような検査業務と、現実とのギャップです。検査の大部分は自動化が進んでおり、「あれ? 思っていたのと違うな」と正直少し拍子抜けしました。

ただ当時は、今のようなバーコード管理もなく、紙の記入と機械の照合に頼る状況で、検体取り違えのリスクが高い時代でした。私自身、入職2年目に油断からミスを起こし、強く叱責された経験があります。あのときは本当に自分にがっかりしましたね。

―その経験は、その後の姿勢にどんな影響を与えたのでしょうか。

気の緩みからヒューマンエラーが生じること、そして自動化が進んでも人が介入すべき部分は必ずあることを痛感しました。人が果たすべき役割をおろそかにしては、良い仕組みは作れません。

また、当時仕事に熱い先輩検査技師がいて、その方はよく検体の扱い方の重要性を話していました。その先輩が繰り返し口にしていた言葉が「検体の向こう側」です。ちょっとクサい表現なんですけど(笑)、自分には強く刺さって今でも忘れられません。自動測定で大量の検体が流れると、“モノ”として見てしまいがちですが、その向こうには必ず患者さんがいる。この言葉は今でも学生教育で使うほど、私にとって大切な考え方です。

 

血液領域を専攻してたどり着いた「破砕赤血球形態標準化案Ver1.0」

―血液検査を専門に選ばれた経緯を伺えますか。

古川市立病院で働き始めたときの技師長が血液領域を専門にしていたんです。新人の頃からその技師長に血液検査を任されて、「なんで自分ばかり…」と文句を言いながらも、ずっと担当していました。でも続けているうちにだんだん面白くなってきて、自分で勉強するようになり、学会発表なども行うようになりました。取り組みが広がるにつれ、臨床医との連携も増え、外部とのつながりも深まり、そうしているうちに自然と自分の立ち位置が血液領域に定まっていったという感覚です。

―日本検査血液学会の破砕赤血球形態標準化プロジェクトとして、2025年4月に「破砕赤血球形態標準化案Ver1.0」(現在はVer1.1)が公表されましたが、このプロジェクトに携わるようになった背景を教えてください。

大きな転機になったのは、日本検査血液学会標準化委員会への参加です。もともと市中病院の検査室でコツコツ取り組んでいたのですが、宮城県技師会の精度管理委員として宮城県の破砕赤血球の形態サーベイランスを始め、そこから東北・北海道全体に活動を広げました。そして、その成果を論文化し、思い切って当時の日本検査血液学会の理事長に送ってみたんです。振り返るとよくそんな大胆なことができたなと思うのですが、ありがたいことに「標準化委員長に相談してみなさい」と言っていただいて、そこから標準化委員会に参加することになりました。

―新たな標準化案では認知科学的なアプローチが取り入れられていますね。

従来法では、「破砕赤血球」と判定した標準化委員の比率を基に定義づける方式でしたが、主観のぶれが大きい点が課題でした。そこで、視覚・記憶・照合といった認知のプロセスに着目し、どこで解釈のずれが生じるのかを分析しました。

分析後、まず標準化委員に画像サーベイランスを行い、判定差を可視化し、その結果をもとに基準を微調整しました。そして、同じものを同じ尺度で見るため、判定に使用する「特徴」を定義して視覚情報を固定し、さらにその解釈に差異がないように、画像に加えて形状の言語表現も明示して共通のイメージを持てるようにしました(表1、2)。

表1 破砕赤血球形態標準化案Ver1.1の概要
表1 破砕赤血球形態標準化案Ver1.1の概要

表2 破砕赤血球の形態学的特徴の記載例 〔日本検査血液学会:破砕赤血球形態標準化案 第1.1版.2025より〕
表2 破砕赤血球の形態学的特徴の記載例 
〔日本検査血液学会:破砕赤血球形態標準化案 第1.1版.2025より〕

カテゴリーA・Bの整理では、日本と国際血液学標準化協議会(ICSH)の基準の違いも大きく関係しています。ICSH基準ではTMA(血栓性微小血管症)に出現する典型的な破砕赤血球に焦点が当てられており、日本だけが不規則変形型を基準に入れている状況でした。新たな標準化案では、TMAに典型的な形状(カテゴリーA)に対し、不規則変形型・小球状型(カテゴリーB)を順位付けして整理しています。

今後は標準化案の妥当性を検証し、その中でカテゴリーBの扱いについても検討していく予定です。もしカテゴリーBを基準に入れなくてもTMAの診断に差がなければ削除も選択肢になりますし、逆にTMAの診断に有用なのであれば、日本からICSHに提案していきたいと考えています。

―AIによる自動判定の展望についてはいかがでしょうか。

この分野でもAI活用の研究は進んでいます。私自身も2023年にICSHのCarol Briggs-Smalley(Scholarship)Awardを受賞し、その研究費で関西医療大学と共同研究を行っています。破砕赤血球の形態をAIに解析させ、形態データベースの構築を試みているところです。

AIに「破砕赤血球かどうか」を判定させ、その際にどの特徴に基づいて判定したのか、人間の判定とどのようなずれがあるのか―そうした部分が見えるようになると、標準化や教育に大きく貢献できるのではないかと期待しています。

Carol Briggs-Smalley(Scholarship)Award 受賞式 =ICSH理事長のErber WN教授(写真左)、ICSHの破砕赤血球標準 化プロジェクトの中心メンバーであるZini G教授(写真右)と菅原さん
The ICSH 2024 General Assembly(ICSH総会)= ICSH理事長のWendy N Erber氏(写真左)、ICSHの破砕赤血球標準化プロジェクトの中心メンバーであるGina Zini氏(写真右)と菅原さん

 

マネジメントへの葛藤と「理想の検査室」

―市中病院から東北大学病院に転職され、2024年からは技師長を務めていらっしゃいます。管理職になられた経緯を教えてください。

正直なところ、もともと技師長になろうとは思っていませんでした。今でも「できればプレイングマネジャーくらいがちょうどいい」と思っているくらいです。単純に、マネジメントよりも仕事が大好きなんですよね。

ただ、東北大学病院は東北地域の中核病院であり、検査部門には解決すべき課題もありました。「何とかしなければ」という思いで腹をくくり、今は検査部門のレベルアップを図ることが自分のミッションだと考えています。

「仕事が大好き」と語る一方、 オフの日はキャンプでしっかり楽しむ
「仕事が大好き」と語る一方、 オフの日はキャンプでしっかり楽しむ

―菅原さんの思う「理想の検査室」とは、どんなところでしょうか。

かつて、毎日仕事に行くのが楽しみでたまらない時期がありました。熱い先輩や同僚が分野横断的にそろい、意見をぶつけ合い、若手も巻き込んだ勉強会が頻繁に開かれていました。30分だけのつもりが1時間半になることも普通でしたね(笑)。

飲み会でも議論の中心は「患者さんにとって何が最善か」「検査をどう良くするか」「自分たちのレベルをどう上げるか」。そうした環境は仕事を何倍も楽しくし、成果が患者さんに届いている実感も得られます。仲間とパフォーマンスを高め合う場、そういう検査室の在り方を目指したいと思っています。

 

「自分のため」から「患者さんのため」へ思考をシフトする

―最後に、若手技師へメッセージをお願いします。

一つは、利己ではなく利他、「自分のため」ではなく「患者さんのため」と考えてほしいということ。基準が変われば行動も変わります。「患者さんのために今の自分は十分か」と問えば、もっと勉強しよう、もっと改善しようという発想になりますし、自分の力にもなります。

そして、もう一つは広い臨床検査のなかから「自分が面白いと思えること」を見つけること。それを磨き続けていけば、やがて得意分野となり、自信にもなりますし、結果として患者さんのためにもなります。そういう領域を見つけられたら、この仕事を選んでよかったと思える瞬間がきっと来るはずです。入職したての頃は視野が狭くて見つけにくいかもしれませんが、探せば必ず何かがあります。臨床検査は医療であると同時に、科学でもありますから。見つけるのが難しければ、先輩や同僚と一緒に探してほしいですね。少なくとも、うちなら私が一緒に探しますよ(笑)。

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