検査室

変わり続ける検査の現場 #27 新潟県立病院技師会
心エコー「感覚」を「言語化」へ 育成マニュアルなど完成

2026.02.02 06:00 会員限定記事を示すアイコン



心エコーの熟練技師は、心臓の何を見て、どう判断しているのか。その頭の中にある膨大な「暗黙知」を、誰にでも再現可能な「形式知」へと翻訳することは可能だろうか。そんな課題に新潟県立病院技師会のワーキンググループ(WG)が取り組んだ。ベテランや若手の超音波検査士6人が集まり、2025年8月に新人の育成計画や指導マニュアル、さらに自己学習用の教材を完成させた。プロジェクトの背景には、WGのリーダーを務めた検査技師が20年にわたるキャリアの中で感じてきた「気付き」と、地域医療が直面する危機感があった。


 

草間技師会長(左)と和智氏
草間技師会長(左)と和智氏

「この1年で独り立ちした技師はいなかった」。2024年3月に県立病院技師会の草間孝行会長(新潟県立十日町病院 臨床検査技師長)に届いたベテラン技師からの意見。それが一連の取り組みのきっかけになった。以前から県立病院共通の育成カリキュラムづくりは検討されていたが、これを受け技師長会議がWGの設置を決定。リーダーには、20年来心エコーに携わり、豊富な指導経験を持つ超音波検査士の和智順子氏(県立十日町病院 主任臨床検査技師)を起用した。和智氏は、ベテランから若手までの超音波検査士(循環器)計6人を各県立病院から集め、2024年6月にWGを始動させた。

新潟県は、南北の距離が200キロ超と細長く、500床規模の大規模病院から50床規模の小規模病院まで、10の県立病院が点在する。正規の臨床検査技師は計130人に上る。施設間の定期的な異動があり、全病院で検査技師による心エコー検査が行われているが施設間の格差は大きい。大規模病院では業務の忙しさ故に育成に時間を割くことが難しく、一方で小規模病院では症例が少なく、指導者が不在で技術習得の手がかりがつかめない。

問題の洗い出しなどのためWGメンバーにアンケートをとると、「間違いがないか不安だった」「苦しかった」など、それぞれが不安や悩みを抱えながら技術を身に付けてきた実態が浮かび上がった。和智氏自身、かつて小規模病院から大規模病院へ転勤した際、求められる検査レベルやレポートの質の違いに直面し、知識を一から学び直した経験を持つ。「どの施設に配属されても、標準的な検査技術を習得できる仕組みが必要ではないか」。この思いが、県立病院グループ全体を通じた育成プログラム策定の原動力となった。

6段階のロードマップを策定

WGは、ワークスペースアプリの「Notion」を駆使し、一度も対面することなく議論を重ねた。まず育成のゴールを「ガイドラインに沿った一般的な弁膜症の重症度評価ができる」と定義。その上で、熟練度を6つのステージに分けた育成計画の「心臓超音波検査育成OJT」を作り上げた。4段階目のステージ4を「仮免許」と位置付け、そこまでの期間を1年〜1年半と長めに設定した。焦らせず、着実に基礎を固める現実的なラインを引いた。

育成計画の策定はWGの若手メンバーを中心に進めた。作業を通じて、指導のやり方や考え方の言語化などを体感し、実践してもらうためだ。

ステージ1 ▶ 超音波装置の基本的な使い方を習得する

ステージ2 ▶ 基本断面の描出方法の習得

ステージ3 ▶ カラードプラを使いこなし、定性評価方法を習得する

ステージ4 ▶ 基本計測方法を学び、得た計測値で評価する力を身に付ける

ステージ5 ▶ 弁膜症評価・応用計測を習得する

ステージ6 ▶ レポート作成まで一人でできる・その他応用検査

育成計画は、それぞれのステージに「知識目標」「技術目標」を設定し、習得の過程で本人が心がけるべき事項、育成の進め方のイメージも示した。例えばステージ1では、「知識目標」に検査モードやアーチファクトの理解など、「技術目標」に検査モードの使い分けやアーチファクトへの対処などをそれぞれ掲げ、さらに習得の過程で、装置の操作法を練習したり、心エコー検討会に参加して実際の症例を経験することなどを求めている。

 

「頭・手・目」に分類

プロジェクトの核心は、これまで個人の感覚や経験則(暗黙知)に頼りがちだった技術指導を、誰にでも理解できる形式(形式知)へと体系化した点にある。WGは、心エコーに必要な要素を「頭(知識)」「手(技術)」「目(観察力)」の3つに分類し、これらをバランスよく育てるよう、育成指導者向けのマニュアルに盛り込んだ。

  • 知識(頭): 解剖生理やガイドラインを理解する
  • 技術(手): プローブを適切に走査し、見たいものを確実に描出する
  • 観察力(目): 描出画像を見極め、所見を言語化する


「まず知識(頭)を得ることで、見るべきポイントが明確になり、結果として技術(手)も安定する」。このように論理的なステップを踏むことで、感覚に頼らない効率的な習得を目指した。基本戦略は「頭(知識)と手(技術)を先に伸ばしてから目(観察力)を追い付かせる」ことだが、和智氏は「人によって『頭』がないと動けないタイプ、『手』はとりあえず動くタイプと個性はさまざま。個人の特性に合わせて指導の重み付けを変える」と語る。

さらにWGは、指導者が常にそばにいられない環境を見据え、自律学習を促す教材も開発した。特徴的なのが自主練プログラム。左室長軸像や短軸像、心尖部断面像などの描出を練習する4つのプログラムと習得チェック表を作成した。エコー画像の描出の手順を図示し、「5拍キープ」「左右に振る」などとプローブ走査も記載した。5段階で自己評価して自己学習する。

文章の穴埋め形式で知識を確認する知識問題集の作成も開始した。単に答えを覚えるのではなく、自ら調べて回答するプロセスを重視し、知識の定着を促す仕組みを採用した。

 

課題は「実践」へのハードル

体系化されたマニュアルや自律学習教材は揃った。今後の課題は、作成した育成教材を現場にいかに浸透させ、活用していくかにある。

多忙な業務の中で育成時間をどう捻出するか、指導者がいない施設でどうモチベーションを維持するか。この「実践」の壁を乗り越えるため、WGは県立病院に対し、ハード(教材)だけでなくソフト(環境)面での支援策として、次の3つを提案している。

  1. 県立病院内での心エコー研修の開催
  2. 外部研修会参加費の支援
  3. 指導員派遣の仕組み作り


教材を提供するだけにとどまらず、学ぶ機会と指導を受ける環境を組織として整えることで、現場での技術習得を後押しする構えだ。また、県立病院での目合わせのため、EFクイズをオンラインで行う計画もある。

さまざまな心エコーの教材を開発した(写真は育成プログラムの26ページより)
さまざまな心エコーの教材を開発した
(写真は育成プログラムの26ページより)

 

心エコーを通じて診断をサポート

県立病院グループには、循環器専門医が常駐していない施設もあり、一般内科医が診療を担うケースも多い。医師の異動や専門性の違いにかかわらず、常に一定レベルの検査を提供するためには臨床検査技師のスキルが欠かせない。

和智氏は、「どんな状況でも検査技師が適切な心エコー情報を臨床に提供する必要性が高くなっている」と語る。専門医不足が課題となる地域医療において、検査技師が高い専門性を持ち、医師と連携して診断を支えることの重要性は今後さらに増す。医師から求められる検査レベルは高まり、より確かな技術と知識が必要になる。

次世代へ技術をつなぎ、地域医療に貢献する―。その静かな情熱が、このプロジェクトを支えている。この育成プロジェクトは、単なる技術向上にとどまらず、地域医療の質を維持・向上させるための重要な取り組みにもなっている。

心エコー装置
心エコー装置


MTJ本紙 2026年2月1日号に掲載したものです。

続きを見るには会員登録
(無料)が必要です

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

MTJメールニュースの会員のみなさまへ

MTJメールニュースは、WEBサイト「MTJ ONE」にリニューアルいたしました。
お手数ですが、下記より再度、新規会員登録をお願いします。

すでに会員の方はこちらからログイン